2018年4月29日日曜日

2018 UTMF

 レース前日に新富士駅まで新幹線で向かい、富士駅前のスーパーホテルで前泊した。新大阪駅あたりで頭にかぶる笠を忘れてしまったことに静岡駅でひかりからこだまに乗り換えるときに気づいた。新しく買い替えたばかりの笠だったので、ちょっとショックだった。
 ホテルに着いたら、今回からの背負子の制作の続きを始めた。なんとか形になったので、寝ることにした。
 朝は7時前には起きた。スーパーホテルのベッドは寝心地がよかった。朝食はビュッフェ形式だったが、とても美味しくてビックリした。ロハスをテーマにしているらしく素材もかなり厳選されたものだったので、ちょっと食べ過ぎてしまった。
 スタート会場までのバスが、新富士駅を出発するのが、10時半だったので、それまでに富士駅から新富士駅までバスで移動した。新富士駅からスタート会場(富士こどもの国)に到着。
 会場は熱気に包まれていた。ちょうどSTYのスタート前だったので、多くのランナーがスタートゲート前に並んでいた。流れる音楽がなんかかっこよかった。そこにいるだけで、やっとここまでこれたんだなと思った。緊張感が高まっていくのを感じた。
 先に受付と必携品のチェックをすることにした。必携品のチェックでレインウェアのズボンがダメだと言われ、現地のブースに行って買って、なんとか間に合った。自分では、大丈夫だと思っていたズボンだったが、しょうがない。
 スタート(15時)までに時間があったので、デポジット用の袋に入れるものと風呂敷に入れる食料やレインウェアや防寒着等の必携品を整理した。竹籠を持って来ていたので、ここに替えの草鞋を二足入れる事にした。かなりしっくりとしていたので、なかなかいいと思った。着替えや草鞋の準備等でいろいろと作業しているうちにスタート30分前になって、スタート地点に向かった。
 15時スタート。上空にドローンが見えた。結構でかいんだなぁと思った。しばらく平坦なトレイルが続いた。川を渡るところで、大渋滞となった。走っているとなんか他のレースより海外のランナーが多いことに気がついた。特に中国のランナーが多かった。
   第1エイド(22キロ)までは、ずっと平坦なトレイルが続いていたので、楽だった。これなら、大峰奥駈の方が、はるかにしんどいぁとこの時は思っていた。第1エイド過ぎてから、しばらくして登りに差し掛かった。思っている以上に登りが長くて、夜中なので先が見えづらいのでしんどかった。また、背負子の重さと腰と肩に当たるところが肌にこすれて痛くて仕方なかった。まだ、序盤なので足を使わないでおこうと思い、登り続けた。
  山の登りが終わり、下りはかなり、急激な下りだった。しかもかなり長い。しみじみとこれがUTMFかぁと思った。下り終えて、第2エイドまでの平坦な道は、夜中の12時を過ぎていたこともあり、眠気で蛇行し始めた。するとせっかくここまで来て、背負子が足を引っ張ったと思い始めた。あまりにも背負子と荷物が重すぎて、走る事に支障が出ていた。これでは、本末転倒じゃないか、荷物を担いでいても楽に走るために背負子を作ったはずなのにギリギリまで作成したのに何をやっているんだと思った。あまり筋肉の疲労があり、眠気がきつかったので、第2エイドでリタイアしようかと思い始めた。今回の原因は、はっきりしていた。背負子が重すぎた。自分で自分にとって都合のよいようにクロージングし始めた。もう楽になろう。でも、心のどこかでそれを冷めたように見る部分があり、まだまだ時間もあるので、行けるところまで行ってやろうと思った。この苦しみと向き合わなければいけないと思った。第1エイドから第2エイドは距離が長いので、水が足りなくなった。もっと節約しながら飲めばよかったと思った。最低でも1.5ℓはあった方がいいと個人的には思った。
 第2エイドに着いて、コーラをガブ飲みしたら、カフェインのおかげなのか元気を取り戻した。ほんとは仮眠を少し取りたかったが、思ったより関門が近いことに気づいたので、先を進んだ。しばらく走るとまた眠気がきたやっぱり暗いと眠気がくるなぁと思った。思ったよりロードも多くて、それが逆に草鞋にとってはしんどかった。背負子が重いので、いろんな体勢で背負子を持ってみた。すると子どもをおんぶするような持ち方が最も楽に持てることに気づいた。できるだけその姿勢でもつようにした。
 第2エイドと第3エイドの山もつづら折りで長かった。下りもとても長く感じた。でも、明るくなってきたので、調子はだいぶよくなった。草鞋を履き替えるといつもは、荷物を軽く感じるのに今回の背負子は、軽くなったようには感じなかった。やはりもっと軽量化しないときついと思った。30キロぐらいならなんとか耐えられるが、それ以上は体も疲れてくるので、持ち上げる力も弱くなっているのを感じた。特に眠気が強いとさらに力が入らなくて、絶望的な状況になった。眠気が出てフラフラになると5分だけその場で寝ると体が回復した。
 第3エイドには8時過ぎに到着。9時半が関門だったので、8時半ごろに出発した。アドバンテージが1時間しかないのかと思った。第4エイドまでの道のりは、ゆるやかなアップダウンがあったが、走りやすいところだった。パノラマ台というところは、富士山がよく見えるところで絶景だった。第4エイドの関門までギリギリだと気づいたので、急いだ。下りを下り切ったところで、あと1時間しかない。平坦なトレイルを走った。背負子が重いので、なかなか進まない。あと1キロぐらいのとき、走れば間に合うぞとスタッフの方に声をかけられた。なんとか走って、なんと関門締め切りの1分前にエイドに滑り込んだ。すぐにドロップバックを受け取って、食料と草鞋を風呂敷につめた。着替えをする時間はなかったので、そのまま袋に戻した。パンとバナナを食べて、水を補給して急いで、エイドを出発した。
 エイドを出てしばらくして、荷物があり得ないぐらい重いことに気づいた。これはちょっと無理なレベルだった。持って歩くのも困難だった。どのみち第5エイドまでの17キロを3時間で走るのは無理とわかっていたので、なんとか第5エイドまではたどり着こうと思った。ロードがひたすら続いて、休み休み進んでいたら、スィーパーの方が二人、後ろに張り付いた。トレイルでは休んだらダメですよと言われたが、休まないと腰が痛くて勧めなかった。グダグダしながら進んでいたら、スィーパーの方にこれ以上進んで、トレイルに入ったら、自力下山しないといけなくなります。どうしますか?と言われた。これ以上は重すぎてどうしようもなかったので、ここでリタイアすることにした。80キロ過ぎでリタイア。時間は15時前だった。ちょうど24時間経過したところだった。


故障箇所
1.腰の部分、背負子が当たるところが擦れて、皮がむけて血が出ていた。
2.肩甲骨のところ、背負子が当たって痛かった。
3.上半身が筋肉痛だった。

総括
他のランナーは荷物が少なかった。食料ももうちょっと減らせばよかった。着替えも最小限にしておけば、よかった。草鞋は、第4エイドまでで4足しかいらなかった。後半も5〜6足あれば足りる。背負子自体が重すぎたのと荷物を持ち過ぎて、まともに走れなかったのが、今回の失敗の原因です。

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