わらじに関する資料を読んでいると面白い記述に遭遇します。これはそんな記述の一つ。
「早足の秘伝」 額田六福
汽車も自動車もない昔は、早く歩くということが優れた技能の一つとなっていた。従っていろいろと早足の記録が残されている。明和の頃加賀の国の山中というところに鐵右衛門(てつうえもん)という者があったが、希代の早足で加賀の金沢から江戸まで、百三十里(約520キロ)のところを二日半で歩んだ。一日に五十二里(約208キロ)程歩んだわけである。マラソン選手も顔色(がんしょく)なしである。また、奥州の小高(こだか)というところの七郎右衛門という男は相馬から江戸へ七十七里(約308キロ)のところを一日半に来て、三日に往復した。一日の行程五十里(約200キロ)である。その他駿河の庄五郎、越前の興右衛門(ようえもん)、伊予の吉右衛門、日向の三左衛門、江戸の吉兵衛(きちべえ)などという男は、いずれも一日に三十五六里(約140〜144キロ)づつ歩いた。吉兵衛は飛脚屋で、文化の初め七十七になっていたが、それでも一日に二十里(約80キロ)づつは歩いた。
ある男が、彼に早足の秘伝を尋ねたところ、「 およそどこの街道にもところどころも道の真ん中に黒い小さな石が出ている。それを踏まぬ様に注意すればよい」と教えた。その男は京へ上ることになって、早速その注意通りに、東海道で一心になって道を見つめて、件(くだん)の黒石を踏まぬ様心掛けた。しかし、彼はとうとう一つもそんな黒石は発見しなかった。けれど、いつもより二日も早く京都へ着くことが出来た。つまり黒い石は吉兵衛の寓意(ぐうい)で、「傍見(わきみ)をせずと、道ばかり見詰めてゆけ」という教えであった。それと言わずに黒い石というのは面白かった。その男もやがて早足になったという。
注1:原本そのままではありません。一部の漢字はひらがなに変換しています。出典は ちょっとメモっていないのでまた調べておきます。国立国会図書館の資料です。
注2:一里は約4キロで計算しています。
注3:寓意(ぐうい)とは…何かにかこつけて,それとなくある意をほのめかすこと。また,その意味。「大辞林 第三版」より
注4:この話はおそらく創作です。(笑)でも、 何か気づきがあったでしょう?
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