11月の3連休。前泊して、高野山入り。大阪から1時間半ほどで行けるので、移動は楽だった。泊まったのは高野山唯一のビジネスホテル。せっかく高野山に来たのだから、宿坊に泊まればよかったが、次の日が4時スタートなので、朝食を食べれないので、安く済ませた。前日から小雨が降っていたが、奥の院に行ってみた。奥の院までの道のりは、歴代の戦国武将の墓がたくさんあり、歴史好きな私にとってはワクワクする道のりだった。大木がそこらじゅうにあるので、伊勢神宮よりこっちの方が近くていいなぁと思った。15時過ぎに着いたので、奥の院を見学してから夕食を食べようと店を探していたら、うどん屋さんのとなりに大衆居酒屋のような寿司とうどんや定食などを出す店があり、入って、親子丼とカレーうどんを食べた。思いっきりはずれの店だった。店員のバイトも早く帰りたいと連発していて、まぁ田舎の観光地やから成り立つんやなと前日からちょっと気分が悪いと思いながら、しょうがないなぁと諦めた。早く帰って、ホテルで寝ようと思ったが、なかなか寝付けなかった。いつもは相部屋なので、いびきで寝られないこともあるが、今回は一人なのに寝付けなかった。夜半には雨脚が強くなり、明日のレースは大丈夫かなぁと思いながら、横になっていた。
隣の部屋の方が部屋を出る音で目が覚めた。いつのまにか寝てしまっていて、2時半に起きるつもりが、目を覚ましたときには、3時だった。ヤバい!と思って、ホテルで事前にもらっていた朝食のパンとバナナを食べて、着替えて、出発の準備をした。3時半にはホテルを出て、スタート地点の中の橋の駐車場に行った。
ちょうど、受付が終わる寸前だった。受付を済ませて、柿の葉寿司をもらった。急いで、足袋に履き替えて、草鞋を履いた。今回は75kmで雨天なので5足用意してきた。今回から、風呂敷にすべての草鞋を持つのは肩や腰に負担になるので、2足はもう一枚の風呂敷に包んで、腰にくくりつけた。
4時スタート。路面は濡れているが、雨はすでにやんでいた。 ここから1時間ほどは舗装路を走った。真っ暗な景色だが、空は満天の星でいっぱいだった。久しぶりに見た星空だった。両足は疲れなく、よく動いた。1時間ほど走った後、やっと山道に差し掛かった。看板には小辺路(こへち)とあった。熊野古道を走るのは、おそらく初めてだった。想像では、だいぶ荒れた道ではないのかなぁと思っていたが、実際に走ってみると全然違っていた。昨日、雨が降っていて、今日も路面が濡れているにも関わらず、ほとんどぬかるみのような所がなかった。やっぱり1000年以上も人の足で踏み固められた道だからだろうか。しっかりしていた。もちろん登り坂の斜面は険しいけど、足場はしっかりとしていたので、険しいけど歩きやすい道。それが、熊野古道なんだと初めて知ってしまった。走るのもメチャ楽しい 。景色は紅葉が見頃で赤や黄色や緑や茶色の葉で彩られ、格別だった。山々には霧が立ちこめて、雲海がそこかしこに眺めながら、走っては、少し立ち止まって、景色を見て、熊野古道を楽しんだ。来年以降の楽しみが一つ増えた。これからもっと熊野古道を歩いてみたいと思った。
伯母子岳の登りはきつかったが、その後の緩やかな下りはとても気持ちよかった。途中に旅籠(はたご)の跡が山の中腹にあり、こんなところに宿場があったんだと驚いた。いつのまにか中間地点を過ぎて、三浦峠に差し掛かる山道に入っていった。三浦峠も登りは険しく、草鞋はかかとがすり減っていたが、登りの間は我慢して登った。頂上に着くとまた緩やかな下りになり、草鞋を履き替えたこともあり、快調に走っていた。お尻の上の方が左の方が張っているかなという程度で、両足とも軽かった。腰に草鞋をくくりつけたことで、背中の負担は軽減されていた。水を1.5ℓほど担いでいたので、背中には草鞋は2足ぐらいが限界だと思う。それ以上、担いでいると走るのに負担になるのと腕をうまく振ることができない。実際走ってみると水が2ℓも担ぐ必要もなかった気がする。途中の集落で自動販売機があったので。でも、一応トレランなので、万全の準備は必要か。
三浦峠の登りは険しく、でも登り終えるとまた下り基調が続き、気持ちよく走れた。さすがにこのあたりまで来ると両足の股関節周りにだるさを感じ、足の動きが少し悪くなった。皮の爪子の親指が痛くて、もっといいものを作らないとこれ以上長い距離は厳しいと感じた。下りが終わると舗装路になった。時間は11時35分ぐらいだった。舗装路はここから8キロほど先の昴の郷まで続き、この舗装路がとてもしんどかった。山道の後ということもあり、足が疲れていて、思うように動かなくなっていた。やっぱりトレーニング不足なのか、40〜50キロで足がへばるように思う。50キロから先をどういう風にスピードをあげていけるか、今後の課題だと感じた。
昴の郷に到着し、自販機の前で少し休憩していて、他のランナーと話をした。大峰早駈とこのレースを時間内に完走したら、大峰奥駈160キロのレースへの参加ができるのですが、すでに走ったことのある方だったので、途中の泊まるところや風呂や飯もたくさん食べれるとのことでいろいろと勉強になった。そして、奥駈はきついですかと聞いたら、一言。「修行だよ。」との答えで、もはやレースではないなぁと笑ってしまった。
休憩の後、最後の峠である果無峠に向かった。雨が少し降り出してきた。天気予報の予想通り、午後から雨だった。石畳の坂の登りが続き、ふもとの集落までずっと続いていた。さらにその先の果無峠まで4.1キロの間、ずっと登りが続いた。ほんとに言葉通りの坂が果てなく続く道だった。その登りの途中、ここまでの間に何度も下りで抜かれていたおっちゃんと話をした。どうしてそんなに下りが速いのかと聞いたところ、体重42キロで体脂肪率5%未満で女子校生より軽いからとのことだった。他にレースに出ているのか聞いたところ、20代からハイキングをしてただけとのことで、ランナーじゃない方に抜かれていたのかと驚いた。さらに年齢を聞いたところなんと64歳とのことで、いやしかし、あの足運びの軽さは64歳にはとても見えない。あなたはまだ若いのだから、もっと登りも下りもシュッシュと走らないかんよとダメ出しをされました。私が若い頃は登りも下りももっと速かったとのことで、そりゃそうだろうと思いつつ。ちょっと自分が情けなくなり、早く走らないといかんなぁと反省した。果無の峠まであと1.1キロの観音堂で草鞋を履き替えた。
果無の登りをなんとか登りきり、あとは下るだけだった。しかし、この下りが結構険しい下りで、岩が至る所にあり、靴で下りるには滑るので難しいなぁと思ったが、草鞋を履き替えたばかりだったので、全く滑ることなく、スイスイと下ることができた。傾斜があるので、速く下ることができ、足もまた動くようになっていた。熊野古道と草鞋って相性がいいんだなぁと思った。雨が降ってもほとんどぬかるみがないので、草鞋で走るにはグリップが効いて走りやすいし、岩だらけの下りでもスリップせずに安定感を持って、下ることができた。下りを下り切って、また舗装路に出た。
ほんとは舗装路がコースなのだが、せっかくなのですべて小辺路を走ってみようと熊野古道を歩いた。ただ、和歌山の本宮近くの熊野古道は今まで走ってきた道とは全然違い、道が荒れているように思う。いろいろと人の手が加わっているのも見て分かり、観光客がたくさん歩いてはいたが、正直、これがほんとうの熊野古道じゃないんだけどなぁと思った。熊野古道の本当の良さは三浦峠とかを歩いてみたら分かるんだけどなぁ。でも、そこに行く人はほんの一握りの人だと思う。
本宮のそばを通って、川の堤防にたどり着き、なんとか制限時間の13時間以内にたどり着いた。時間は12時間17分ぐらいだろうか。これで奥駈に出られる。今日は一日どっぷりと秋を満喫することができた。もっと熊野古道を走りたいと思った。
今回の故障箇所
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