2015年5月27日水曜日

2015 大峰奥駈

 5月の16日、17日に大峰奥駈道縦走レースに参加した。昨年の大峰早駈、小辺路のレースで制限時間12時間以内をクリアした者だけが参加できるレースで、今回のランナーは22人だった。大峰奥駈道の大会は途中に女人禁制の結界を通るので、男性しか出れないのだが、今回は女性も1名参加されていた。(女性は女人禁制区間だけちょっとだけワープするルートです。)
 前日に吉野に宿泊、旅館は中千本にあって、スタート地点の金峰神社(奥千本)までは、急な登りを3キロ以上歩かないといけないので、今回はテントを持参して、金峰神社でテントを張った。(金峰神社までは、ケーブル駅の吉野口駅からバスで奥千本口までバスが出ているので、バスに乗った方が楽です。私は中千本の町も初めてだったので、少し見物して、早めの夕食を食べてから、16時過ぎにはすでにバスがなかったので、テント等の入った重たいリュックを担いで歩いて金峰神社に行きました。ずっと上り坂で急なため、汗だくで大変な思いをしました。)神社には他のランナーの方もすでに来ていて、テントを張っていたので、自分もテントを張り始めた。今回、テントを張るのも初めてだったので、ちょっとまごまごしていたら、他のランナーの方がテントを張るのを手伝ってくださって、とても助かった。皆さん、60代の方ばかりで山登りをよくされるベテランさんだったので、心強かったです。19時には暗くなって、何もすることがないので消灯。毎度のことながら、まわりのいびきの大合唱で眠れず、うつらうつらしていた。21時をまわるころ、雨が降ってきた。次第に雨脚が強くなり、明日は大丈夫なのかと心配だった。
  午前2時半に起床。雨はあがっていた。走る準備をして、朝食を食べて、テントを急いで撤収した。3時40分には、受付をして、スタートを待っているとまた雨が降り始めた。今日は、午後は晴れの予報だったが、午前中は雨のようだった。
 午前4時にスタート。最初は少し、ロードだったが、すぐに山道に突入。坂道の傾斜がかなり急なところが多く、やっぱり大峰奥駈道は違うなとすぐに感じた。大天井ヶ岳の急な登りは、スキーのジャンプ台かと思うほど、特に険しかった。今回のレースでは、草鞋は9足準備してきた。草鞋の編み方を改良して、以前より草鞋の底の部分の耐久性を向上した草鞋だった。爪先につける皮の爪子(つまご)も改良し、足袋の型紙をベースにした指先部分の爪子を作製した。これは、以前に我流で作っていた爪子よりも履きやすく、長く履いていても足指に負担のないものとなっていた。
 雨脚は徐々に強くなり、自分が予想していたよりも本格的に降り始めた。荷物は水3ℓに替えの草鞋3足をもっていたので、食料も入れるとリュックの重さが6キロ以上になっていたので、とても重かった。走るのに最適な重さはおそらく2キロぐらいではないかと思う。それ以上、重くなると段々と走りながら重いなと感じる。
 山上ヶ岳の手前のいくつかの茶屋で、草鞋の1足目を履き替えた。じゃじゃぶりの雨なので、草鞋の消耗が早かった。20キロ弱だろうか。それに今回作った爪子に問題を発見した。爪子の親指と人指し指のまたの部分が短すぎて、草鞋を浅くしか履けなかったので、かかとの部分が外側にぶれて着地することが多かった。そのため、草鞋の耐久性が向上していることは、履いていて分かったが、外側だけピンポイントですり減っていたため、そこだけ消耗が激しかった。雨がなかなかやまなかったので、ドロドロの道をなかなか思うようには走れなかった。至る所に鎖場があり、四肢を使わないと登れない、下りれないところがたくさんあった。行者還り岳に到着する頃には、12時になっていた。今回は食料に中千本の町で柿の葉寿司を買っていた。腹が減っては少しずつ食べた。疲れた体に酢の利いたサバやサケの柿の葉寿司はとても美味しかった。そして、手が汚れていたが、柿の葉寿司だと柿の葉を持っているので、手の汚れを気にしないで食べることができた。
 草鞋は行者還り岳の手前で履き替えていたので、すでに残り1足となっていた。12時を過ぎる頃、雨は止み始め、少し走りやすくなった。雨で体も冷えきっていて、かなりヤバい状態だったので、雨が止んだのは嬉しかった。行者還り岳を過ぎるとなだらかな道が続くので、少し速く走った。 そして、弥山へ続く、長い登りを登った。しかし、大峰奥駆道の中では、弥山の手前の登りは険しいが、他も険しいので、それほどではなかった。
 14時過ぎになんとか弥山に到着。腹ごしらえをして、最後の草鞋に履き替えた。14時半前に出発して、八経ヶ岳に登った。近くなので、15時過ぎには着いた。大峰奥駆道の最高峰。そして、ここから先、今日の宿泊先の前鬼(ぜんき)までが 、今まで行ったことのない初めてのルートだった。少し、ワクワクした。
 明星ヶ岳を超えるぐらいの道は、ガレていて走りにくかった。なんとか釈迦ヶ岳を18時に行かないと、20時の制限時間内に前鬼(ぜんき)に辿りつけないと思ったが、思うように進めなかった。思ったより鎖場がたくさんあり、崖のようなところもあったので、四肢を使って、進まなくてはいけなかった。舟ノ峠を超える頃には16時を過ぎていた。思ったより進まないので、焦ってはいたが、ここまで来るのにアップダウンが多かった。八経ヶ岳に行くまでも険しかったが、実はそれを超えてからの方が、さらに険しいのではないかと感じた。真っ暗になってから、急な鎖場を下りるのは、かなり危険だと思った。大峰奥駈道は、初めて来てみて、思ったより無人の小屋がたくさんあることが分かった。水や食料はないけれど、寝袋さえあれば、寝ることが出来る場所があるので、今度、一人で来たとしても大丈夫だなと思った。
 仏生ヶ岳になんとか辿りついた時には、17時半を過ぎていた。このまま行ったら、釈迦ヶ岳に着く頃には、19時になるんじゃないかと思っていた。完全に暗くなるのはおそらく19時ごろだった。19時に釈迦ヶ岳だと20時に前鬼に着くには難しいのではないかと感じ始めた。道を示す赤やピンクのテープをたよりに歩いていたが、仏生ヶ岳に着いたとき、その先にテープが見当たらなかった。辺りを何度も探したが、見つからない、地図を見ると行かなければいけない方角は分かるが、誰も人が通ったような道ではなかった。5分程、本来のルートを外れた道を突き進んでみたが、やっぱり違うなと思って引き返した。そんなことを何度か繰り返しているうちに時間だけが過ぎていき、18時半を過ぎてしまった。マズいこれは、遭難するんじゃないか。。もうすぐ真っ暗になってしまう。なんとかしないといけない。最後の賭けに出ようと思い、人の歩いていない道を地図と方角だけを頼りに歩き始めた。しばらく行った頃、振り返ってみると自分がどこから来たのか全く分からなくなっていた。これは、遭難するときのパターンじゃないか。遭難したときは、新しいルートを探すより、その場所に留まり助けを待つか、来た道を戻るかしないといかなかったのを思い出した。もう一度、山頂に向かって戻り、ピンクのテープのところに辿り着いた。ピンクのテープを頼りにちょっと来た道を戻ろうと思い、山を少し下りた。少し下りたところに二股に分かれているところに出た。なんだ山頂に行く道しかないのかと思っていたが、2つに分かれていたのかとここに来てやっと気づいた。本来のルートに戻ることができたので、走りはじめた。
 しばらく走っていると熊鈴の音が聞こえ出した。うん?何かの錯覚かな。こんな時間にランナーがいるのかと思っていたら、なんとランナーの方が歩いていた。挨拶をして、少し話をしていたら、どうやら右膝を痛めているようで、歩いていた。「もう先に行ってください。」と言われたが、とっさに嫌な予感がしたので、「一緒に前鬼まで行きませんか?どっちみちこの時間では20時の制限時間内にはたどり着けないので。」と提案しました。そして、ここから二人で歩き始めた。このランナーの方は、走ると膝が痛むが、歩くのは問題ないということで、スタスタと歩いていた。話をしながら、歩いていたら、孔雀岳に着く頃には、19時を過ぎて真っ暗になっていた。今回、このレースに参加する前にライトを新しいものを購入していた。amazonで光の量が強いやつを2000円ぐらいで購入していた。これが、めちゃくちゃ明るかった。明るすぎるので、弱の明かりに設定した。それでも十分明るかった。
 真っ暗な道だが、険しさは変わらなかった。鎖場もあり、尾根筋を歩いていると風がものすごく吹きつけてきた。 釈迦ヶ岳の登りが急なところだったが、暗くてライトの明かりのみ見つめていたので、あまり疲れを感じずに登ることができた。明るいと逆に先を見てしまうので、しんどかったかもしれない。20時を少し過ぎた頃に釈迦ヶ岳の頂上に到着。本当に仏像があった。よくここに運んでこれたなぁとビックリした。少し、休憩してから、前鬼に向かった。距離的にはあと3キロちょっとのはずだが、山道なのでどのくらい時間がかかるかわからない。深仙小屋に着くまでが長かった。道々に木の幹や枝についているピンクや赤いテープを頼りに進んでいるが少し歩いては、探して、少し歩いては探してという状態だったので、なかなか進まなかった。人が歩いた形跡を探すが、暗いと視野が狭く、落ち葉の潰れ具合やコケの状態で判断していた。暗闇で初めてのルートを進むのが、こんなにきついとは思わなかった。なんとか太古ノ辻の曲がり角で前鬼の方に曲がった。あとは下りだけだったが、暗くて視野がせまいので、足下をしっかりと確認しながら、進んだ。おそらく1キロを進むのに1時間以上はかかっていたのではないかと思う。下りも鎖場があったり、木の階段がたくさんあった。二つ岩につくまでに22時を過ぎていた。これだけ歩いてまだ、二つ岩なのかと二人でため息が出たが、なんとか必死に下りた。前鬼までの道がこんなにちゃんとした道じゃないとは思わなかった。明るかったらまだ大丈夫だと思うが、暗いとテープを探すのが、困難を極めた。何度も道がわからなくなったし、間違った道に行くと前鬼にたどり着けないので、注意深く辺りを見渡し、なんとかルートを探した。前鬼についたのは、12時10分を過ぎていた。誰もそこにはいなかった。荷物だけが2つ残されていた。みんなもう寝ちゃったのね。食事もないし、風呂にも入れなかったが、トイレの水道でタオルを濡らして、体を拭いた。とにかく、前鬼にたどり着けてよかった。2人じゃなかったら、もっと時間がかかっていただろう。もう一人の方が、磁石をもっていたので、私はコンパスを持ってくるのを忘れていたので、途中は真っ暗だと方角が全く分からなくなっていた。磁石で要所要所を確認していたので、間違えずに下りることができたのだ。とにかくよかった。体は故障する程、走ってはいなかったが、精神的にどっと疲れた。明日も走ろうと思えば、体力は残っていたが、今回は前鬼にたどり着いて、よかったということにしておこう。本当に無事にたどり着けてよかった。初めての山道を暗闇で進むのが、かなり危険だと言うことを身をもって知った。縦走は来年に持ち越しだ。時間は20時間とちょっとかかった。釈迦ヶ岳から4時間もかかったことになる。


 

 

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