2017年5月15日月曜日

2017 大峰奥駈

 5月13日、14日の2日間の大峰奥駈レースに参加した。今回で3度目、いつものように前日に吉野駅から歩いて、奥千本の先にある金峰神社(きんぷ)に向かった。今回は、草鞋を11足用意してきたので、荷物がめちゃくちゃ重かった。本来なら、バスで奥千本まで行ってもいいのだが、バスの最終が14時半ごろということもあり、去年、一昨年と歩いた行ったという事もあり、去年と同じ条件でレースに出ようと思い、16時過ぎから、吉野駅を歩いて登った。ちょうど、ケーブルも故障で運休しているので、すべての登りを歩いた。約6キロぐらいだろうか、テントもあるので、15キロ 〜20キロぐらいの荷物を担いでいるので、2時間近くかかって、18時過ぎに到着した。レース前日からだいぶ疲れたが、毎年のことなので、テントの設営に取りかかった。すでに出走するランナーが金峰神社でテントを張っていた。ほとんどが、去年、一昨年と変わらないメンツで、去年のレースの話をしたりした。今回の最年長は69歳で、10年以上、このレースに参加されている方だった。このレースを何年も続けるのは、本当に凄いなと思った。 天王寺のデパ地下で買ってきた551の肉団子と巻き寿司を夕食として食べた。19時過ぎには、みんな寝る準備に入ったので、私も寝ようとしたが、あまり寝ることができなかった。22時過ぎだっただろうか、雨が降り始めた。天気予報では、夜半から明日の午前中は、大雨ということだったので、やっぱり降り始めたかと思ったが、ウトウトしながら、横になっていた。
 午前2時30分、起床。周りの方も起き始めたので、トイレに行って、朝食の巻き寿司を食べて、着替えをして、テントの撤収作業をした。この時点で、レースに持って行く水が1リットルもないことに気がついた。まずいなぁ水場(大峰山寺の先の水場)まで持つかなと思ったが、しょうがないので、もしもの時は、途中の小屋で飲み物を買えばいいと思って、開き直った。今回は1日目に草鞋6足、2日目が5足でいけるだろうと予定を立てた。足袋の中に親指と小指に指サックをつけて、肩と股のところにpurojecit1というのを塗って、いつもの笠をかぶって、準備万端。
 午前4時スタート。いつもながら、ゆっくりと歩いて登り始めた。スタート時点は、雨はあまり降っていなかったが、少ししたら、本降りになった。スタート地点で、レース主催者の前田さんが、今日の午前中は、警報レベルの豪雨です(笑)と言っていた。まぁ普通だったら、こんな時に登山なんかしないだろうなぁと思うが、もちろん中止になることもなく、何事もないかのごとく、何かあっても自分でなんとかするレースが始まった。
 登り始めて、晴れていたら、朝日がきれいなところも、今回は見ることができず、霧と左からの強風で寒くて、序盤からヤバいなぁと思いながら、登っていた。段々と雨が本降りになってきた。これは、大天井ヶ岳を登るのは時間的に厳しいなぁと思い、完走ペースで巻き道で行った。この雨の中、無理をしたら、前鬼(ぜんき)までたどり着くことも困難だ。草鞋は、この雨の中でも減りが少なかった。大峰山寺の手前の茶屋で履き替える予定にしていたが、まだ行けるなぁと思い、大峰山寺の境内までそのまま走った。大峰山寺で柿の葉寿司を5個食べて、2足目の草鞋に履き替えた。その間も風とさらに雨が激しく降り、体が急速に冷えて、手が震えて止まらなかった。足の指も冷たい水に何度も浸かっていたので、感覚がなかった。このとき、このままでは低体温症になるんじゃないかと恐怖を感じた。以前に低体温症になったランナーから自分では、歩くことも困難になると聞いていたからだ。このレースは自分でなんとかしないといけない。途中で動けなくなったら、この雨と寒さなら、死ぬなと思った。8時には大峰山寺を出て、水場のある小屋に向かった。走り出すと少し、体は暖まった。水場では1リットルの水を補給して、ポカリを作った。スタートの時は、水が足りないんじゃないかと思ったが、雨なので、あまり水を飲んでいなかった。大普賢岳に向かう途中、急に腹が痛くなった。今朝、トイレに行っていないのもあるのか、走るのが辛いので、なんとか歩いた。登りが、雨で滝の中を歩いているようだった。足袋と草鞋だと本当に冷たい。何か対策を立てないとずっと雨のレースだと体が持たないなぁと思った。避難小屋に11時半頃に到着。去年より30分ぐらい遅かったが、腹痛が続いていたので、仕方なかった。少しずつ、天候は回復し、雨が止んだ。気温も上がってきたので、少し走る(歩く)のが楽になった。避難小屋を過ぎたあたりから、急に腹痛が治った。なぜ、急になおるのか不思議だったが、そこから挽回しようとおもって、一気に走り始めた。ちょうど避難小屋から弥山(みせん)に続くルートは景色がよくて、私が好きなところだった。弥山に登る途中で最年長の方に追いついた。少し話をして、登りがきついとのことだったので、先に行かせてもらった。淡々と同じペースですごいなぁと思う。
 弥山には14時10分ごろに着いた。少し遅い昼食で、柿の葉寿司を3個食べて、3足目の草鞋に履き替えた。雨の中でも晴れている日と減りはあまり変わらなかった。自分の草鞋を編む技術が安定していて、最近やっと技術が確立できたかなと思っていたので、それを確認できたのは、よかった。14時半ごろには、弥山を出発。
 八経ヶ岳、仏生ヶ岳と進み、18時には釈迦ヶ岳に到着。なんとか日が落ちる前に釈迦ヶ岳にたどり着いた。少しカロリーメイトを食べていたら、最年長の方が登って来られた。18時10分ごろ、ヘッドライトを装着して、3足目の草鞋に履き替えて、釈迦ヵ岳を出た。時間的には前鬼に20時の関門までギリギリぐらいかなと思った。明るいうちに出来るだけ進まねばと思っていたら、太古ノ辻から前鬼に下る最初のところで、川を越えてしまって、道を間違えた。川沿いに右にロープを頼りに進まないといけない。ここは、目印を見つけにくいので、気をつけないといけない。暗くなる前に二つの岩まで下りたので、これは、関門に間に合うかなと思って、一気に下りた。足はまだまだ動いたが、さすがに前鬼の下りはきつかった。なんとか、19時45分頃に前鬼に到着。
 到着したら、すぐに風呂に入って、泥を落とした。今日は雨の中をほんとに疲れたなぁとしみじみ思った。その後、食事をとって、激しい運動を1日続けたのでビタミンB1が枯渇していると思うので、ノンカフェインのアリナミンRオフを飲んで、22時ぐらいに寝た。
 午前2時頃、それまで気を失ったかのように爆睡していたが、目が覚めたので 、真向法(まっこうほう)という体操を布団の上で行った。最近、1ヶ月ほど続けている体操だが、やっていて、それほど太もも裏等は張っていなかった。かかとが強く張っていて、草鞋を履いていたから、足指をよく使ったことが関係しているかもしれないと思った。2日目の朝と昼の2食の弁当を前日にもらっていたので、そのうちの朝の分の弁当の半分を食べた。
 午前4時、前鬼をスタート。昨日下ってきた道を登り始めた。一番最後尾近くなったが、なんとか途中で追い越して、太古ノ辻まで登った。午前7時前ぐらいだった。やっとこれから南奥駈道の始まりだ。横風は強かったが、フカフカとした走りやすいトレイルで草鞋で走るのは、気持ちよかった。景色もとてもよく、まだ朝なので気温も走るのにはちょうどよかった。このあたりも私の好きな場所だった。持経ノ宿に8時頃に到着した。結構、普通に走っていたのに去年より20分ぐらい遅いような気がする。でもまぁ腹ごしらえのため、朝の弁当の残り半分を食べた。草鞋もまだいけるけど、ここで2足目に履き替えた。8時20分頃、持経ノ宿を出た。時間的には、15時には玉置神社に着かないと20時に熊野大社のゴールにたどり着けないので、ギリギリだなと思っていた。ちょっとピッチを上げて、まずは笠捨山まで行こうと思った。座禅で最近、取り組んでいる思考や想念を一切浮かべないで、ただ走ることに専念して、走った。平治の宿から行仙岳に向かう途中で、目の前だけを見て走っていたら、登山用のテープが急になくなった。あれっおかしいなぁ。急な斜面に出てしまい、どう見てもルートではないんだけどとそのあたりを何度も行ったり、来たりしているうちにたまたま私と同じように後続のランナーが、同じところに迷い込んできた。話をして、ここは道ではないということを説明して、テープのあったところまで、戻ると別の方角へ下りるところにテープがあった。なんだこっちだったのかと、散々迷って、20分以上ロスしてしまった。でも、後続の方が来なければ、そのまま斜面を下りようかと思っていたので、助かった。ただでさえ、時間がギリギリなのに、さらにピッチを上げた。
 行仙ノ宿に10時40分ごろ到着。着いたら、なんと去年、持経ノ宿でコーラを売っていたおっちゃんが今年はここでコーラを売っていた。ちょうど水の補給もどうしようかとおもっていたところだったので、水を入れて、コーラを買って、飲んだ。いや〜うまい!うますぎる。しばし、おっちゃんと話していると去年と比べて40分ぐらいペースが 遅いなぁと言っていた。昨日の雨で足に疲れがあるのだろうとのことだった。持経ノ宿でも去年より遅いと思っていたが、自分ではあまり自覚はないが、走るペースが遅いんだろうと思う。このペースだと関門ギリギリやなと言われ、私より後続のランナーは厳しいだろうと思った。トップ二人は軽装だったが、あなたが一番重そうな荷物を担いでいると言われた。そう言われて、今まであまり気にしていなかったが、確かに重いなぁと思う。おそらく8
キロぐらいはあっただろう。10時50分には出て、笠捨山に向かった。
 笠捨山は、距離的には近いが、登りが3回もあるので、まだ登りが続くのかという気持ちになるが、今回は、それも分かっているので、まだある、まだあると前だけ見て登っていると、休みも取らず、登れてしまった。山頂には12時ちょうどぐらいに到着。予想では12時半ぐらいになるかと思っていたが、早く着いてしまった。山頂で、コーラを飲んで、昼用の弁当の半分を食べて補給した。草鞋を履き替える必要がなかったので、というのはここまでの路面がフカフカですり減るようなところがなかったので、そのままで12時15分ぐらいには下り始めた。下りる途中で山頂に軍手を忘れたことに気づいたが、もうしょうがないと思った。
 長い下りが続いた。もうスピードで下っている時にハタと気づいた。今回ほど草鞋を気にせず走れたことはない。草鞋は下るときにブレーキが自然にかかるので、自分の足で踏ん張る必要がないのか。何年も草鞋を履いてきて、今になって気づいた。下りこそ、わらじ本来の力を発揮できるのではないか!!ただ走ることだけに専念する。スピードを殺さずに足を使わずにどんどん下ることができる。楽しくて仕方がない。わらじとはこういう風に走れるのか。ここまで力を引き出してくれるのか。草鞋の編み方が安定したこともあるかもしれない。調子にのって走っていたので、あまり休みを取らなかったが、さすがに足に少しき始めた。草鞋を履く時に気をつけないといけないのは、少しきつめにしっかりと履かないとズレてくるということだ。
 玉置神社に15時35分頃到着。水が出なくて、バケツにたまった水を補給して、ポカリ1ℓを作った。3足目の草鞋に履き替えて、大森山に向かった。
 16時50分頃に大森山に到着。去年は、霧が出ていて寒かったので、長袖を着たと思うが、今回は、暑かったので、着る必要がなかった。おそらく関門ギリギリだろう。余裕はまだあったので、下りを一気に下る。五大尊岳を17時35分ごろ通過して、次の山のところで登山テープが見当たらなくなった。ヤバい、またロストしたと思い、山を下りて、テープのところまで戻った。でも、やっぱり他に前の山を登る道がないように思った。あれこれ考えていると後続のランナーとまた会った。このまま道なりで登るんだよと言われて、もう一度山を登って、さらに進むとテープがあった。五大尊岳というのは、いくつかの山の総称なのかと改めて、気づいて、ここで20分のロスはかなり堪えた。 かなりモチベーションが落ちたが、関門まで前だけを見て、我を忘れて一気に下った。五大尊岳の下りはハードだが、草鞋に問題はなかった。水越峠の途中で暗くなってきたこともあり、またロストしてしまった。崖のような斜面に出てしまい、どう見てもコースではない、しかし、テープは途中まであるしと思って、また元の道に戻るといつの間にか脇道に入り込んでいたようで、正しいルートがわかった。この時点で、かなり終わったと思った。ここでの10分のロスは痛かった。一気に気持ちが萎えた。制限時間は無理だ。でも、何とか切り替えようとまた前だけ見て走った。下ってばかりなので、草鞋がへたってきた。時間的にも無理なので草鞋を履き替えた。足がなかなか前に進まない。水越峠を越えて、七越峠に20時ごろ到着。ああもう関門の時間だ。まだ3キロ近くあるのかと思って、ゆっくり走った。20時30分ごろにゴール対岸の堤防に到着。ここからは遠回りして、橋をゆっくり渡り、ゴールまで走り続けた。20時50分ごろゴールした。どういうわけか、道に迷った50分だけ、制限時間に間に合わなかった。奥駈完走までにはまだ力不足だということか、また来年やるしかないと思った。

負傷箇所
・ 右足親指の爪が黒ずんで痛かった。でも、足を強く打ち付けたわけではない。親指に力が入っていたのではないか。
・草鞋は、履く時にきつめに結んだ方が、ズレなくてよい。
・水の入れ替えに時間がかかっているので、もっと効率の良い方法を考えた方がよい。
・首や肩が張りがあった。
・草鞋は雨でもあまり耐久性が変わらなくなったが、雨が続くときの足の体温低下をどうやっておさえるか考える。

今後の予定
・背負子を自作する。
 
 

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