朝は5時半に起きて、支度をした。6時ごろに民宿やまちょんのおばちゃんに頼んでいた今日の朝と昼のおにぎりを受け取った。おばちゃん朝早くからすみません。しかもおにぎりだけでなくおかずも入れてくれていた。準備万端。帰りは6時半までに戻ってくるからご飯の用意お願いしますと伝えて民宿を出た。
マウンテンバイクで西部林道を目指した。途中、屋久島灯台で朝飯を食べて、日本最大の照葉樹林の西部林道をひたすらこいでいた。思っていたより坂が多く、永田岳に登るまでに体力を使いたくなかったので坂では自転車をおりて、押して歩いた。途中、ヤクシカやヤクザルに遭遇し、ヤクシカはこちらの気配に気づいたら逃げるが、ヤクザルは逆にこっちの周りを囲んで威嚇してきたりしたので、少し怖かった。でもコザルは小さくてメチャかわいかった。母ザルの腹にくっついて離さないコザルを見ていると愛らしかった。
ちんたら景色を見ながら走っていたので大川の滝に着くころには9時になっていた。ここまで約26kの道のりだった。予定よりだいぶ時間がかかった。ここから花山歩道の登山口までは砂利道の上り坂を自転車を押してのぼった。坂が急なのでひたすら押してのぼっていると上からワゴンのおっちゃんが坂を下りてきて、お兄ちゃん今から山に登るの?と聞いてきた。登りますと答えると、自転車で大変だなぁと言いながら持っていたバナナを3本ほどくれた。おっちゃんいい人だなぁと感謝しつつ、ひたすら押して登った。自分としては舗装されている車道があると思って30分ぐらいで着くだろうと思っていたらなんと2時間かかった。距離にして5.6kもあった。登山口に11時に着いたが、これは困った。花山歩道を通って永田岳を往復する登山コースは往復で12時間のコースだった。普通に行ったら、ここに帰るのは23時になる計算だ。自分は健脚なのでおそらく半分ぐらいの時間で往復できるのではないかと思い、まぁ行けるとこまで行って帰ってくることにした。自転車を登山口において上り始めた。
無計画な登山ほど危ないものはない。それが一人なら、なおのこと危ない。六甲山の上りで鍛えた健脚があれば大丈夫だと過信しすぎていた。ここは予想よりはるかに道が険しかった。それもそのはず花山歩道は一般の観光客はまず登らない登山道で地元の山登りに慣れた人たちが登る上級者向けのコースだからだ。しかもこのあたり一帯が世界自然遺産区域に指定されていて、原生林をできるだけ人の手を加えない形で管理されていた。つまり、歩くための道は全く整備されておらず、赤いテープを頼りに歩道らしき道を自分で確認しながら登らなくてはいけない。まさに一歩間違えば道に迷って遭難してしまうようなスペシャルデンジャラスコースだった。登り始めて30分でこれはヤバイなと気づいたが、とにかく道は険しく、道なき道を早足で歩くことにした。
照葉樹林は美しかった。これが、宮脇昭が言っていた本来の日本の原風景の森だとしみじみ思った。低層木・中層木・高層木、大きさの異なる樹樹が巧みに森を構成していて自然更新が人の手を借りずに進む本来あるべき日本の森の姿がそこにあった。いくら見ていても飽きないその姿に吸い込まれそうになってくる。やっと自分が探していた理想の森の姿に出会えたんだと震えるほどうれしかった。これを見に屋久島にやってきたのだ。
2時間ほど歩くと花山広場というところに着いた。ここはすごく神秘的な場所だった。広場を囲むように大木がたくさん立っていて、静けさが辺りを包んでいた。
花山広場をこえると植生はガラっと変わり屋久杉が増えてきた。涼しい風が心地よかった。
鹿の沢に着くころには2時半をまわっていて、このまま帰るか、永田岳に登るか考えたが、往復1時間ほどで帰ってこれるだろうと思い、アタックした。辺りは霧が立ち込めて、葉に水滴が溜まっていて、体が当たるたびに濡れた。気温も肌寒くなり、ゆっくりしたら風邪をひくと思い、先を急いだ。
鹿の沢の小屋から永田岳の道のりはさらに険しく、霧も立ち込めて、なおかつ体が濡れていることもあり、寒かった。岩場を鎖で登っていくところや落ちたら死ぬなと思えるようなところを通り、なんとか頂上にたどり着いた。頂上付近にもヤクシカの糞が落ちていて、こんな鎖で登るようなところにまでヤクシカは登ってこれるのかと感心した。義経の鵯越(ひよどりごえ)の話もあながち嘘じゃないなぁと思った。
頂上には長居はできず、寒すぎて体が急激に冷えたため、急いで山を下りた。永田の町の方に下りるルートもあり、時間を考えればそちらの方が早く民宿に帰れるが、自転車を置いてきたのと来た道を帰る方が全く知らない道を歩くよりは道に迷う危険は少ないと判断し、来た道を下りていくことにした。
はっきり言って下りの方が怖かった。足元も霧で濡れて滑りやすくなっているし、崖みたいなところを下りるのは登るのより勇気がいる。時間もかなりやばくなっており、鹿の沢に戻ったのは16時前だった。ここから永田に18時半に戻るのは到底不可能だった。今日の日没は昨日のテレビのニュースで19時26分と言っていた。日没までに下山できないとマジで危ないことになる。すでに全身ずぶ濡れで体調管理も難しくなるだろう。とにかく先を急いだ。小走りで山を駆け下りた。
一気に山を下りているので植生はみるみるうちに変化し、その変化を走りながら楽しんだ。高山植物、針葉樹林帯、常緑広葉樹帯、どこまで行っても深い森が続いているようだった。これが、屋久島の森だとやっと腹に落ちた気分だった。
走っても走ってもなかなか下山できず、辺りはだんだん薄暗くなってきた。民宿に電話しようにも電波が届いていない。18時半すぎても帰ってこなかったら民宿のおばちゃん心配するだろうなと思ったが、とにかく今は下に下りるしかなかった。警察に連絡して捜索願出されたりしたら、まずいなと思いつつ、連絡の取りようもないので走った。
18時半もすぎ、まだ登山口にすらたどり着けていなかった。19時を少し過ぎたころにようやく登山口にたどり着いた。やった~と思ったのもつかの間、ここでも電波は届かない。自転車で急いで大川の滝に向かった。行きは2時間もかかった砂利道だったが、下りは30分ほどで下りることができた。
車道まで下りたが、やはりここでも電波は届かなかった。このときすでに19時半を過ぎていた。民宿のおばちゃん心配してるだろうなと思ったが、どうすることもできない。車も走っていないし、辺りはすでに真っ暗になっていた。ヘッドランプを頭に装着し、とにかく1分でも早く民宿までたどりつくしかないと思い、全力で自転車をこいだ。すでに足はかなり疲れていたが、もうそんなことを気にしている場合ではなかった。
星がきれいだなと思いつつ、いかんいかんと我を取り戻し、自転車をこいだ。街灯が全くない西部林道を走っていた。ヘッドランプをもっていなかったら、とても走れるものではなかった。用意しておいてよかった。
しばらく走ると前から軽トラックが来た。プープーとクラクションを鳴らして、運転手が声をかけてきた。なんと民宿やまちょんのご主人だった。助手席にはおかみさんも乗っていた。心配して西部林道まで探しに来てくれたのだ。うわ~なんて申し訳ないことを。大変ご迷惑おかけしました。本当にすみません。時間は20時半を過ぎていた。おかみさんは「思ったより元気やね」と声をかけてくれた。いやマジありがたい。無謀なことをするのはこれからは控えようとマジで反省した。周りに大変な迷惑をかけた。
軽トラックの荷台に自転車をのせて、自分も荷台にのって帰った。
帰るとすぐに風呂に入るように言われ、風呂に先に入った。その後、おそい夕食をいただいた。夕食をいただきながら、ご主人と話をしていた。山に一人で登るのはとても危険なことで登る前から心配していたこと。屋久島でも毎年何人か遭難して、遺体すらみつからないこともよくあると言われた。やはりその人たちは山に魅せられるのかわからないが、森の奥深くに入っていくのだろう。何度も登ったことのある登山者が行方不明になるという。確かにそういう部分が、屋久島の森にはあるなぁと思った。どこまで行っても深い森が続くので気づかないうちに道をはずしてしまったのだろうか。まぁとにかく今日は無事に帰ってこれてよかった。ご主人に何度もお礼を言った。
登山はひとりで行くのはやめましょう。捜索するのが大変です。
0 件のコメント:
コメントを投稿