2010年7月22日木曜日

2時間の旅路~完結編

駅の待合室は明かりがついていたので、2時30分ごろには目が覚めた。体は幾分楽になったが、2日続けてベンチで寝るのは堪えるなぁと思った。足の付け根がつりそうな感じだった。今から出発すれば残りの25kは4時間ぐらいでは着くのではないかと思い、走り出した。

最初の1時間ぐらいは順調に走っていた。このころになるとおなかは空いているのに食欲は全くなくなり、水分ばかり補給していた。頭で何かを考えられる状態ではなく、何も思い浮かばない。ただ次の歩道橋まで止まらずに走ろう。次の標識まで行ったら休もう。ということしか思い浮かばなかった。そこまでしてどうして走ろうとするのか分からない。そんなことさえ考えられなかった。余計なことを全く考えないのでかえって軽く走れるのかもしれない。純粋にただ走るという行為にすべてをゆだねているそんなぼんやりとした時間を過ごしていた。全身のすべての肉はそぎ落とされ、精神はただひとつのところに収斂していくうちに実はこの状態が一番人にとって自然な状態なのではないかという気がしてくる。逆に実生活はいろんなことを考えすぎて考えすぎて身動きが取れなくなっている。そんなことを今になって思う。

BORN TO RUN (走るために生まれた)の中でこんな話があった。もし本気でララムリを理解したいなら、九十五歳の男が山を越えて四十キロの道のりを歩いてきた場に居合わせればよかったんだ。どうしてその老人はそんなことができたかわかるか?誰からもできないとは言われなかったからだ。老人ホームで死んだほうがいいと言う者はいなかった。人は自分の期待に沿って生きるんだ。

1キロ1キロを刻んでいた。太陽がのぼって日差しが強くなってきた。何も食べる気はなかったが、空腹でも人は走れるのがよくわかった。これが、本来の人の姿なのかもしれない。太古の昔、人は空腹があたりまえだった。それぐらいで死ぬような体にはできていないのだ。

1時間も走っていると体に熱がこもってきた。定期的に日陰に入らないとやばいと直感的に思い、走っては休み、走っては休みを繰り返した。最後の5kが遠かった。岡山駅に向かう最後の橋をわたっていると無性に川に飛び込みたくなった。もうまともな感覚ではなくなっていた。7/19日午前9時ごろに岡山駅に到着。180キロを43時間もかかったことになる。

運よく近くにカプセルホテルを見つけ、温泉で汗を流した。休憩室で少し、仮眠をとった。今から四国に行けば、次の日の勤務に支障が出るのは分かっていたので今回は行くのをあきらめた。3日もかかったので体は予想以上にダメージがあった。当然の判断だった。

駅の近くで梅こぶうどんを食べた。うまかった。だしが体の奥まで染み込んだ。とくに何かをする余力もないので各駅停車の列車で帰ることにした。

駅と駅の間を数分で過ぎるその景色を見ながら、この3日間の道中のことを思った。この道を2時間かかって走ったよなとか、ここは日差しがきつかった、ここは星がきれいだった。さっきまでの時間がまるで何ヶ月も前のことのように感じられた。知らないうちに眠りについていた。神戸についたのは2時間後だった。この列車で2時間の距離を38時間かけて走ってきたのか。懐かしさとともにしみじみと時間の流れを感じていた。列車で2時間で行ける距離だけど走っていくのも悪くないと思った。

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