来月の佐渡ヶ島206kに向けて最終調整の時期に入っている。
盆休みの3連休のうち2日間走って行けるとこまで行こうと思っていた。とりあえず、日本海に向かって海を見に行こうかと思ったが、前日になって「孤高の人」を読んでいて、主人公の加藤文太郎の故郷である兵庫県の浜坂まで行ってみることに決めた。グーグルマップでは走行距離183k。実際は190k前後はあると思う。
結論から言うとこのチャレンジは失敗した。原因は準備不足。今後の反省の意味を込めて残しておく。
13日の午前9時ごろに大阪の鶴橋を出た。今回はサンダルでの走行なので、前回の六甲山越えの40kからどれぐらい走れるか探る意味もあった。前回の新神戸からさくら夙川までの道のりは六甲山のくだりで足がパンパンになり、思うように走ることができなかった。本来なら鶴橋まで走って変える予定が急遽変更して、電車で帰ることにしたのもサンダルに体が慣れていないからだった。
大阪までは快調に走った。前回の経験もあったのでサンダルにも幾分、慣れてきた感じだった。腕時計と夜間走行用のライトを忘れたことに走りながら気づいたので、時計はなくても携帯があるのでいいが、ライトがないと夜間は危ないので大阪駅ビルにある石井スポーツに立ち寄ろうと思った。まだ10時ごろだったのでシャッターは閉まっていた。あきらめて新大阪方面に向かって176号線を走っていった。
水分補給がうまくいかず、ジュースや水をがぶ飲みしてしまい、だんだん思うように走れなくなった。足の裏も熱を持っていたが、水をかけると一気に冷やされることに気づいてその後は足に水をかけることにした。
176号線から県道12号線に入った。篠山方面に向かって走っていると景色が、山と田んぼが目立つようになった。標識に距離表示がなく、腕時計もなかったので自分がどれくらいのペースで今、何キロ走ったのかがさっぱり分からなかった。逆にそれが、走ることだけに集中できて楽しくて仕方がなかった。このままずっとこの状態が続けばいいのにと思った。サンダルで走ることで足に負担がなかった。重く感じることがなかった。どこまでも走り続けられると思った。腰の位置が安定して足の裏の衝撃が前に進む推進力へと転化されているのがわかった。走る状態の中に自分が浮かんでいるようだった。
夕暮れになり徐々に気温が落ち着いてきたころ、足の裏がジンジンと熱くなった。足の衝撃に耐えられなくなってきたようだった。今までサンダルでは40キロ程度しか走ってこなかった。ここからは未知の領域だった。靴だと右足か左足が少しずつ痛くなるころなのにサンダルだと何も起こらなかったのはいい兆候だった。やはり、サンダルは故障に対しては有効な方法だと思った。
途中、眠気に誘われて地面に横たわった。蚊が多くて寝付けない。汗だくで体はかゆかった。こんなことを繰り返して、なかなか前には進まなかった。休んでも足の裏が回復しないころには夜は明けていた。
小雨の雨が降ってきた。前にはなかなか進まない。体は冷えてきた。近くに駅があった。柏原(かいばら)駅だった。朝の6時をすぎたころだった。福知山ぐらいまでは行きたかったが、まだ30キロほどあった。今の自分では何時間かかるか分からないのでここでリタイアした。足りないものがたくさんわかった。来月までにどこまで調整できるか。目途は立っていない。とにかく、今のままでは100キロすら届かない。(あとでグーグルマップで測定すると86キロしか進んでいなかった。かかった時間は21時間。)フォームを修正しなければいけない。課題は山積みだ。
今後の反省
1.水はヴォルビックに限る。コカコーラのいろはすや六甲のおいしい水だとがぶがぶ飲みすぎて疲れが出てしまう。ヴォルビックはなぜか、たくさん飲まなくて走れる。
2.地図は携帯する。いくら標識があるといっても夜間走行の場合、現在の場所と目的地に向かう道が正しいのかどうか確認できない。コンビニもないので最初からあてにしてはいけない。あらかじめどの地点に何時までに到着するか戦略を練ってから走らないと時間内に走ることができない。
3.食料はある程度作っていく。非常食は3日分ぐらいは持ちながら走る必要はある。最低限、梅干、甘納豆などは小分けにして持って走る。
4.夜間走行用のライトは必要。常に単三乾電池を2個はもって走る。山間部は道路もライトがないので自分が走っていることを車の運転手に知らせるためにも必要。
5.蚊の対策。疲れて仮眠を取りたいときに蚊に刺されて眠れないので長袖と長ズボンの腕や足の部分だけ必要、顔には防護ネットのようなものを準備する。
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