2010年9月23日木曜日

佐渡ヶ島一周の100キロから先

少し長い時間休憩していたので、体が硬く冷えていた。小走りのジョグで少しずつ体は動くようになってきたが、少しずつ体の動きが鈍っているのを感じた。さっきのエイドまでの道を5キロぐらい猛ダッシュするんじゃなかった。調子に乗りすぎた。途中、保科さんのサポートカーでジュースを頂いたりして、ラッキーだったが、基本的には自力でなんとかしないといけない状況なのでラッキーだなと思う感覚で丁度よかった。あまり速くはないペースで走った。足の裏が徐々にではあるが疲れてきて、1時間おきぐらいに5分の休憩をとるようにした。中途半端に歩くと逆に辛くなるので、走るか、休むかのどっちかにしようと思った。1時間から40分おきになり、しまいに30分おきに休憩するようになった。第三エイドから第四エイドまで30キロちょっとなので23時すぎに着くのではないかと思っていたが、思ったよりも足が進まず、後半の10キロぐらいは真っ暗な岩山と海岸と集落を何度も通り過ぎて、まだ着かないのかとため息が出た。おそらく、次のエイド以降は眠たくなる時間に差し掛かるのであまり距離はのびないかもしれないと思っていたのでできるだけがんばって歩を進めた。第四エイドにつくころには午前0時50分だった。エイドに着く10分ぐらい前に女性ランナーに追い越されたが、まだエイドにいなかった。あれ、そんなはずはない。スタッフの人に女性のランナーが来なかったか尋ねたが、来てないよとのこと。結局、現地スタッフの人が車でトンネルの方に探しに行ってくれて、見つけてくれた。どうやら、気づかずに通りすぎてしまったとのこと。さっきまであと1キロぐらいでエイドですよという話をしていたばっかりなのにと思ったが、とりあえず無事にエイドに来られてよかった。次のエイドまで30キロはあるのに暗い夜道を食料なしでは危なかったと思う。スタッフの菅原さんもいてビールは飲まないのかと聞かれたが、ビールを飲んで走れるのか聞いてしまった。ウルトラランナーはビールをエネルギーにして走る人もいるとのこと、あなたのようにサンダルで走る人もいる。だから、おもしろいと。保科さんたちはだいぶ前にエイドについていたらしく、車で仮眠をとっているとのことだった。

13時10分ごろには出発した。それ以上、長くいると眠くなるし、体が冷え切ってしまう。実際、エイドを出てから足が張ってなかなか進まなかった。足の裏が痛かったのでトンネル付近から思い切って裸足で走ることにした。少しだけ楽になったが、足が痛いことには変わらなかった。少し走っては立ち止まり、少し走っては立ち止まることを繰り返した。この痛みはなんと表現したらいいかわからないが、足の裏の鈍い痛みが絶え間なく続いていた。自販機の前で座って休憩していると保科さんたちが走ってきた。前と変わらない軽い走りがそこにあった。すごいなぁ。ここにきて心底そう思った。なんてすごいのだろう。目が見えないということは障害でもなんでもないんだなぁ。やろうとする意志があれば、200キロだって走れるんだ。なんだってできるんだよとその走りが僕に語りかけているような気がした。とりあえず、次のエイドまでがんばろうと気を取り直して進んだ。

もうずっとこの苦痛と向き合っていた。足の痛みで前に進むことがなかなかできない。100m歩いては立ち止まり、100メートル歩いては立ち止まりを繰り返した。あれだけ走りこんできたのになぜ、いま自分はこんな状態なのか、自問自答を繰り返した。何が悪かったのか、昨日の体調はとてもよかった。そして今も体調はいつものこの時間より格段によかった。こうやって夜を越えて走るのにも体が慣れてきたのかもしれない。どうしてこのようなざまなのか。やはり、サンダルでの適応期間が短すぎたことが大きな要因だと結論付けた。あと半年あれば、もっと足の裏も強くできていたかもしれない。ただ、今現時点でもかなり走りこんできていたので、筋力や体力不足というより、足自体の限界にきているのではないかと思い始めた。こんなペラペラなサンダルではアスファルトの衝撃がもろに足にくらっていたので、もはやサンドバック状態のボロボロだった。

ゆっくりのペースでしか進めないのに後ろのランナーに抜かれることはなかった。そんなに前の方を走っていたのか、それとも他のランナーが仮眠をとっているので遅くなっているのかと考えた。2時間ぐらい経過すると他のランナーに抜かれた。抜かれるときに必ず、どうした?故障か?と聞かれ、足の裏が痛いですと答えていた。そんなペラペラなサンダルではしょうがないと苦笑された。おそらくみんなサンダルを履いて走るのが間違っているのだと思っているのだが、自分はサンダルでトレーニングする時間が短いので足がこんなに痛いんだよと心の中でつぶやいていた。ただの言い訳かもしれない。

日がのぼって140キロ、150キロと進むが、自分が想定している時間よりいつも遅くなり、6時までにここまではいけるだろうというところでも8時近くまでかかったりしていた。次のエイドまでは絶対に行こうと思っていたが、そこから先をどうするか考えた。行くべきか、やめるべきか。いろんなことが頭をよぎった。2年前からこの大会に出ようと思って準備をしてきたのにこのままリタイアしていいのか。時間的にはまだ歩いてでもゴールできるのではないか。ただ、完走したとしても明日の朝8時に新潟~伊丹の飛行機に乗らないといけないので、完走するのは今日の夜遅くになるのは確実で今日中に新潟に帰れない。つまり、明日の飛行機をキャンセルして、帰りの飛行機を取り直さないといけない。出費は4万円、さらに今日の夜の宿泊を新潟駅前の東横インに予約していたのでひょっとしたらキャンセル料を払わないといけないかもしれない。費用的な面もあるが、気分的にもこのまま足を引きずりながら歩いて212キロのゴールまで進んでゴールすることに価値を見出せない。やりとげた感はあるかもしれないが、今回の失速の原因は自分の中でサンダルでの練習期間が短すぎるとの結論を出していたこともあったので痛い足を引きずってがんばったねと言われることより、失敗を認めて次につなげた方がいいのではないかと思った。会社の人や取引先の人たちにリタイアしましたと言うのはわざわざ佐渡ヶ島まで行ったのにかっこがつかないが、この現実をどう受け止めるのか思案した。そもそもサンダルを履こうと思ったのは靴では80キロぐらいで必ず足を痛めていたので、少しでも長く痛まないで走りたいと思ったからやってみたのであって、それでもやはり今の時点での体の限界がここにこうして現れている。それを否定して無理して歩き続けることが、今後の自分に影響しないかと思った。試していて今回は失敗した。ここの失敗を次に生かそう。妙にすっきりした気分になった。まだ次のエイドまでの距離は残っていたが、自分の中で今の自分を十分に消化できたような気がした。リタイアすることを受け入れた。

小木港に入ったがまだエイドまではたどりつかない。あと10キロないのになかなか着かなかった。さらに他の歩いているランナーにも抜かれるようになった。足が痛い。座り込むことが多くなった。歩くことがこんなにも辛いとは思わなかった。エイドが見えたとき、最後の力を振り絞って歩いた。10時20分ぐらいだった。さっきのエイドから9時間も経過していた。わずか30キロほどの距離にそれだけの時間を費やした。残り47キロはおそらく20時間はかかるだろう。スタッフの人にリタイアを告げた。

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