5月3日の11時ごろから家を出た。スタート時間が18時なので余裕で着くだろうと思っていたが、新幹線のこだまへの乗り換えや新山口駅から山口駅までのローカル線での乗換えで30分以上待たされたこともあり、受付に着いたのは夕方の17時ごろだった。
今回の大会は200キロ越えの佐渡ヶ島一周以来の満を持してレースだ。この半年間、走りこみはそれほどできていないが、自分の走り方、呼吸法、身体の使い方についてひとつひとつ改善してきた。今までより少ない力で走れるようになり、長距離での腰痛、肩こりがなくなった。身体に対する負荷をかなり軽減する方法を磨いてきたつもりだ。このレースは自分が正しいと信じてきたことが本当に実践で通用するのか確認するものだ。だから、気持ちの上では今、自分の持てる力をすべて出し切るレースにしたい。
レース前の支度のために足に足袋を装着して(昨日、足の裏を補強した足袋)、脚絆を結んで、思ったより暑いのでインナーを長袖から半そでにしてゼッケンをつけた。携帯するリュックには夜半用の長袖のインナーと半そでシャツとおにぎり2つ、梅、塩、キャンディー等、懐中電灯、水500ミリ、カイロを入れた。ちょっと重いかと思ったが、頭に笠をかぶるので肩は凝らないだろうと思い、準備不足で痛い思いをするよりは用心に越した事はないので減らさずに行くことにした。準備が終わったころには17時30分ごろになっていたので急いで荷物を預けて、スタート地点に向かった。
スタート地点ではすでにたくさんのランナーがいてサンダルに足袋に笠をかぶっている姿は、はずかしかった。でも心持ちではやれるだけのことはやってきた。ただのこけおどしでやっているのではない。自分のやってきたことがここで正しいのだと証明するのだと思っていた。この格好の方が、楽に遠くまで行くことができる。
スタートは2分ごとで順番にスタートした。あまりにもゆっくりのペースだったのでいつものトレーニングのペースで走れるように少し、速めに走った。はじめてのコースなので道に不安があったが、とりあえず、周りの人についていった。序盤から先頭20番ぐらいだったので進めば進むほど、街中のこの道で合っているのかと後ろを振り返りながら進んだ。最初の休憩地点ではわかめうどんを食べた。うまかった。萩往還はこんなにしっかりした食べ物が出るのかと驚いた。トレランのレースとはえらい違いだ。まだ疲れは出ていないが、暗くなってきたので視界が見えにくい。懐中電灯の電池の量が単3が2本しかないため、実質2~3時間しかもたないので、本当に必要なとき以外は使わないようにしていた。折り返しのチェックポイントを通過し、同じ道を帰った。すれ違うランナーとあいさつしながら走るのもいいものだと思った。元気が出てきた。またさっきの休憩地点でうどんを食べた。時間は22時すぎだった。距離ははっきりは分からないが、ペースとしてはキロ6分ぐらいではないかと思った。汗だくだったので着替えたかったが、夜半に冷えるかもしれないと思い、着替えを温存しておこうと思った。まだまだ序盤なので気持ちとしてはこれからだという感じだった。
今のところ故障はなかった。足の疲れもなかった。勝負は100キロを過ぎたところからだと思っていた。ペースを崩さずに順調に進んでいた。ちょうど23時をすぎたあたりで萩往還にさしかかった。ここは自分の予想を超えて急激な登りがいつまでも続いていた。暗くてよく見えず、石畳で足場が悪いため、歩くことにした。登っても登っても坂が続いていた。途中、他のランナーと時々、談笑しながら登った。昔の人はこんな道をいつも通っていたのかと思うとすごいなぁと感心していた。石畳のところで右足の甲を少し痛めた。砂利も多くなり、右足の裏の足袋がすでに穴が空いていた。いつものことだが、石が直接、足裏に当たるようになっていた。道が暗いため、懐中電灯はつけたままだった。途中で交換することになり、サンダルと暗さは最悪の組み合わせだと痛感した。最近、山登りはワラジしかはいていなかったので久しぶりの山登りのサンダルは厳しすぎた。明るければ、よけられる石にも踏み抜いてしまい、悶絶するような痛みが走った。下りは傾斜がある分だけ、特にひどかった。
町を抜けて、萩往還の下り部分で、夜が明けてきた。明るくなってからは山を一気に下りた。やはり、暗闇ではおそるおそる足を出していたので足に負担がかかっていた。おそろしく時間のかかった山道だった。思っていたよりハードなコースでびっくりした。75キロ付近の佐々並から85キロ付近の明木までの10キロが特に厳しく、前半のアスファルトの負荷と山登りでの足裏の痛みで麻痺しかかっていた。これはもう85キロでリタイアしよう。頭の中で何度も痛みでレースを止めようと思った。これは前の佐渡ヶ島のレースと全く同じ痛みだった。前の失敗から何を学んだのか、くやしくて苦しくて、痛みに耐えられない自分に対してこの半年の取り組みはなんだったのか、前と同じ過ちを繰り返さないためにトレーニングを積んできたのではなかったのか。自問自答を繰り返した。レース前にはこれならいけるという自信があったのに今まで積み上げてきたものが崩れていき、心が完全に折れてしまった。俺は今まで何をやっていたんだ。たくさんのランナーに抜かれながら、がんばれよと声援を受けながら思うように走ることができない足の痛み。この痛みは普通じゃないんだよ。おそらく説明してもこの痛みは分かってもらえないだろうなと思った。それと同時に自分はやめたがっているのかと思った。どうしてこんなに早くあきらめるようになったのか。靴をはけば、完走はできるのにどうしてこんな中途半端なことを続けているのか。いったい何のために走っているのか。リタイアするために走っているわけではないだろう。本当に速く走ろうと思っているのか。サンダルで走るのはやめるための言い訳ではないのか。いつのまにこんなにあきらめの早い人間になったのだお前はと。自問自答した。自分が正しいと信じてきたことが全否定された気がした。傲慢さが一気に崩れ、弱さが完全に露呈した。すべてを終わりにしたい。この苦しみから逃れたい。そんな感情が頭の中を支配していた。
とぼとぼ歩きながら、明木をすぎてから徐々に次のエイドまで行こうと思った。10キロ先の萩城跡だ。が~んばれ、ファイト、元気だせなどくちづさみながら少しずつ走った。なぜか分からないが、さっきまでの痛みが消えて、走れるようになった。たとえ、心が完全に折れてしまってもまた立ち直ることができるのだということを実感した瞬間だった。自信があっただけに今おかれている状況が受け入れられなかっただけなのだと思う。すべてを無くしてしまったので、これからは完走することだけを目指して、前に進むことにした。足の痛みはあったが気持ちには少し余裕が生まれていた。
萩城跡のエイドでは荷物を預けたりしているわけではなかったのですぐに通過して、次のチェックポイントに向かった。足が思うように進まない。走れなくはないが、右足の捻挫の腫れはたんこぶのように大きくふくらんでいた。痛みが軽減されているのはランナーズハイの状態だからかもしれないが、確実に走れなくなる状態には近づいていた。掛け声を出して、自分を奮い立たせて前に進んだ。湾沿いを日本海に向かって岬の端まで走る道だったが、行けども行けどもエイドにたどり着かず、我慢の走りが続いた。
岬の先のエイドではカレーライスを注文した。あまり食欲はなかったが、食べているうちに食欲が出てきた。足の状態がよくなかったので、あまり時間をロスしないように食べて、トイレに行ってからすぐにエイドを出て走りはじめた。帰りは来た道を戻るので気持ち的には楽だった。最終チェックポイントの東光寺についたときには10時15分ごろだった。自販機でジュースを買って、すぐに通過した。残り35キロ、時間的には走ることができれば、ゴールが可能な時間だった。
足が限界にきていた。足の裏が痛い。右足の捻挫がひどくなっていた。なんとか歩いていたが、歩くのも困難な状況だった。途中、座り込んだりしていると他のランナーからがんばれ~の声をもらうのだが、足が思うように動かない。気持ちが負けているだけだと思うようにしてもどうしようもない痛みが襲ってきた。行くべきかやめるべきか。とにかく時間はまだあるので行ける所まで行こうと思った。
時間だけが過ぎていった。歩くと時間が長く感じられた。70キロのレースのランナーや35キロの歩け歩けの部門の人たちにも声をかけられ、なさけなく、惨めになった。根性で走れる痛みじゃないんだよと言いたかった。くやしかった。このままでは山を越えるのは難しいと思った。足袋に穴が大きくあいているのでかかとが両足とも痛かったし、捻挫がかなりひどくなっていた。山に入ったら自力で下りなければならない。何度も味わったが、今の状態では山は困難だった。萩往還道の駅のエイドに到着したのは13時を過ぎていた。スタッフにリタイアを告げた。もうサンダルでレースには出ないと心に誓った。
反省の意味も含めて追記しておく。レース直後は喪失感でいっぱいだったが、後日、冷静に今回のレースを振り返ってみるとすべてを失ったわけではないことに気がついた。
以下によかった点と反省点を書いておく。
1.レースの次の日の疲れ具合は腰や肩に疲れがほとんどなかった。フォームが変わったことによって身体に負荷がかからなかったものと思われる。完走はしていないがこの半年あまりの成果が出ていた。
2.右足の捻挫の原因となった山登りでワラジに履き替えなかったこと。(準備しなかったこと)いつもと同じようにしていれば防げたかもしれない。
3.20日ほど前のダイトレのレースでワラジで完走したが、右足の甲を負傷して1週間ほど走れなかったのを思い出した。自分では直ったと思っていたが、再発したのではないかとも思う。
4.サンダルで出場したレースはこれで4レース目だが、京都一周トレイルラン(完走したが時間切れ)、佐渡ヶ島210キロ(最終エイド160キロでリタイア)、氷ノ山トレイル(時間切れ)、今回の萩往還140キロ(112キロでリタイア)とまともに完走できたことはない。サンダルではアスファルトは難しいのではないか。特に100キロを超えた場合。
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