前日の夕方に野辺山に到着し、しんたく山荘に宿泊。移動に6時間近くも要したので少し、疲れた。5/20の100キロレースは昨年のダブルフル村岡以来なので6ヶ月ぶりだった。ダブルフル村岡以降、走り方はだいぶ変えたので、今回は前よりはいい結果が出るのか楽しみだった。わらじの作り方も前回から改良を続けていたので、かかとから血が出るようなことはないだろう。わらじの数は7足準備してきたので準備は万全。今回も走りこみは足りていないが、それはいつものことでしょうがない。
明け方、5時のスタート。天気は快晴とはいかないが、いい天気だった。気温も明け方なので涼しいが、寒くてたまらないという感じではなかった。昼ごろは暑くなりそうだとの予感があった。最初の10キロは順調だった。自分では早く走っているつもりだったが、59分ちょっとなので、キロ6分のペースだった。今回の目標としては12時間前後を考えていたので、序盤でこのペースは遅いかなと思った。10キロ付近からトレイルにさしかかったが、おかげで足の裏がほぐれた。小石をたくさん踏んだのでちょうど足ツボにあたってほぐれた感じだった。足は痛くないのかと他のランナーから言われたが、痛くないですと即答。痛くないと言ってもおそらく理解はされないだろうけど…。微妙な坂道が続き、思うように身体が動かなかった。さらに今回は風呂敷にわらじを入れて担いでいたが、これが重かった。19キロ付近で山の下りにさしかかったが、草鞋のかかとがなくなっていたため、道端で座り込んで草鞋を履き替えた。脱いだ草鞋をその場に捨てるわけにもいかず、また風呂敷に詰めて走った。脱いだ草鞋が少し水分を含んでいたため、さらに重く感じた。基本的にわらじの履き替えはエイドで行うように考えていたが、どこまでもつのか試す意味もあったので、中途半端なところで履きかえることになった。途中、沢登りでわらじを履いている方と会話をした、わらじは少し、水にぬらした方が、長持ちする。生物だから水にぬらした方がいいのだとおっしゃっていた。経験上、ぬらした方が早く、わらじがダメになるのはわかっていたが、生物だからという一言に引っかかり、ぬらした方がしっかりした草鞋を編めるということは以前、読んだ本にも書いてあったことを思い出した。最近の藁は、切れやすいので困るという話をしたら、そりゃそうだ、米をつくるためにあるので昔より藁は弱いと言っていた。伊勢神宮の神米は昔の品種だからしっかりした藁だと教わった。今度はもっといい藁を手に入れて最高の草鞋を作りたいと思った。話をしている間だけは、身体がよく動いた。
37キロ地点のおしるこを食べるエイドで3足目の草鞋に履き替えて、2足の草鞋をエイドのゴミ箱に捨てた。ちょうど、トレイルの下りが終わって、ロードに変わるところだったので履きかえるタイミングはよかった。時間は4時間30分を経過していた。どうも身体の調子がよくなかった。頭がぼーっとして力が入らない。力が抜けている感じだった。おしるこはいつものことながら、おいしかった。
40キロから50キロにかけて、急に体調が回復してきた。50キロ地点でいつものそばを並んで食べた。時間はかかるが、これを食べなきゃ野辺山に来た意味がない。なぜかエイドにビジネスマンのランナーがいた。暑そうだなと思った。ちょっと笑えた。体張りすぎやで。このエイドでも草鞋を履き替えた。草鞋を履き替えてすぐは足の裏が新しい草鞋に合わないので痛かった。いつも2~3キロ走ったぐらいから走りやすくなる。今後は持ってくる段階でそれぞれの草鞋を2~3キロ試走してから持ってこないと足が痛いと思った。55キロから60キロのところは折り返しの道で、さっき、話していた沢登りのおっちゃんともすれ違った。60キロ行くまでの道で後ろから声がかかった。背中に背負っている風呂敷はうちのところで織っているものだよとのことだった。どっかで見た模様だと思ったら、昔からある柄で真田縞だよと言っていた。振り返って思わずびっくりした。まさか、この風呂敷を織っている人とこんなところで偶然会うなんて!!信じられなかった。他のランナーからも背中に背負っているのは何が入っているのと声をかけられて、「草鞋です」と答えるとそこではじめて草鞋で走っていることに気づいた人も何人かいた。たいてい、クッションがなくて足を痛めないかと聞かれるが、草鞋には草鞋の走り方があるんですよと答えていた。私も最初はクッションがなくて大丈夫かと思ったが、昔の人はどう走ったのかと考えながら走っていたら、クッションの代わりに自分の体で衝撃を和らげる身体の使い方があることを知ったまでのことで今まで知らなかった世界が実はあるんですよと心の中ではつぶやいていた。他のランナーもたくさん仮装していて、タイガーマスクさんやミニーマウスは5人ほど見かけた。かわいいフリフリのスカートの女性も走っていた。みんな体を張っているな。暑い中、ご苦労さまです。
そうこうしているうちに71キロの大きなエイドまでやっとの思いでたどり着いた。左足の裏に大きな水ぶくれが出来ているのを感じていたが、どうすることもできない。このエイドでも草鞋を履き替えた。体が硬くなっていて、正直、今すぐベッドで横になりたいという気持ちと格闘しつつ、エイドをあとにした。この時点で14時20分をすぎていた。12時間台でゴールするのは難しいかなと感じていた。ここから先は最難関の馬越峠にさしかかる。草鞋を履き替えてから右足の調子がおかしかった。原因は草鞋の作りに問題があった。かかとが小さすぎて足が痛い。結び方を変えたりしてしのいだが、痛みは変わらなかった。しばらくは登りを走っていたが、急に気力がなくなった。残り3キロくらいを歩いた。普段、歩き慣れていないのでどんどん他の歩きのランナーに抜かれていった。歩きのランナーというのもおかしな表現だが、実際、この時間帯で走っているランナーはみんな歩いていた。歩いていたのでいつもより疲れないで馬越峠に到着し、16時前だった。この後はひたすら下りだったので、ガチガチの体にムチ打って、下りはじめた。下っているうちに加速しはじめた。途中で、他のランナーに声をかけられ、そのわらじはどうしているのか聞かれた。自分で編んでますよと答えると驚いていた。そんなにすごくないんですけど。こっちが逆に恐縮してしまう。下りの途中で草鞋の右足だけ脱げてきたので途中で履き替えた。このまま履き替えないと逆に時間のロスになると思ったからで、履きかえるとかなり快調に走ることができた。71キロ過ぎから履いていたわらじの出来がよくなかった。こんなことならもっと早く履き替えておけばよかった。一番大事な区間を歩かなくてもよかったかもしれない。87キロのエイドではうどんを食べてすぐに出た。そうそう2年前の野辺山は90キロまではサブ10を狙っていたんだった。もちろん靴で走ってはいたが、この90キロからが、少し上りもあって、1時間半ぐらいかかってしまったのを思い出した。この時点で最終の電車で今日は帰れないなと思った。とりあえず、ここまで来たのだから、必ず完走して帰ろうと思った。同じような直線の道をひたすら進んで平坦な道だけど、なんか飽きるよなと思いつつ、歩を進めた。ラスト3キロ付近で、ゴールのアナウンスが聞こえてきた。意味もなく、距離の帳尻あわせのようなコースを走って、ゴールに突き進んだ。ゴール前の坂道では俄然元気が出ていたが、そのままテープもなくゴールした。メダルをもらったが、何か拍子抜けした。時間は19時をすぎていた。制限時間は14時間ですでにその時間は超えていたからだった。ゴールしてメダルをもらった瞬間、涙がこみ上げてきた。あまりにふがいない結果にこの半年の取り組みはなんだったのかとくやしかった。以前より早く走れる自信があっただけにこの結果は心に突き刺さった。こんなはずではなかった。何がいけなかったのか。ひたすら自問自答を続けた。
今後の改善ポイント
1.草鞋は新しい草鞋でなく2~3キロ試してから使うようにする。
2.新しい足袋は親指の爪が割れるので詰めの部分を裂くなどの対策が必要。
3.わらじをしっかりとしめないと水ぶくれになりやすい。
4.草鞋を作るときは水を少しつけて作る。
今回の身体の状態
1.肩や首は全く凝っていないが腰に強い張りがある。
2.左足の裏に大きな水ぶくれ(3cm四方)、それ以外は足の裏の外傷はなかった。(今回は草鞋で普通に走れた。3レース目にしてやっと。)
3.右かかとにヒールストライクの影響か、かかとの奥に痛みがある。
4.右ひざを使いすぎた。
1週間後の状態
1.足の筋肉痛の原因は下りで足を使っていると分かった。今回の80キロ以降での下りが原因。下りの技術を磨く必要がある。
2.下りのときに足を前に出している。下に出すようにする。指が痛かったからそんな着地になったのかもしれない。
3.股関節の稼動域が左右で違う。右が硬いため足に負担がかかっているように思う。
2週間後の体調
ここ2週間、体がだるく、力が入らない感じだったが、原因がわかった。鉄分不足。
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