2012年10月30日火曜日

2012氷ノ山トレイル

 前日から直行バスで福岡ハチ北口へ行き、今回の宿泊場所のハチ北のえびすやさんの車でコース説明会場に向かった。同じ宿には他に2人が泊まる予定で車で一緒になった。東京から参戦の方と兵庫の方だった。ともに最寄り駅からローカルバスで来たようで直行バスを知らなかったようだった。東京の方は何度もダブルフル村岡に出ているとのことでえびすやさんを定宿にしていて、料理がうまいことで評判の民宿だと教えてくれた。兵庫の方はレースにはあまり出ていないとのことでフルマラソン以上の距離を走るのは今回がはじめてだとのことだった。
会場にはたくさん人がいたが、コース説明までの時間を3人で話をしていた。コース説明の前に乾杯があり、前回(2年前)の大会のビデオを見ていた。2年前のこの大会で最初の20キロぐらいを草鞋を履いていたのを思い出した。はじめは足袋を履くことを知らなくて素足にわらじを履いていた。20キロぐらいすると足に擦り傷や皮がめくれた箇所が10箇所以上できて、傷口に泥水が入り、足が血まみれで痛かったのをよく覚えている。スタート地点に立つのが恥ずかしくて穴があったら入りたかった。今ではなんともないが、2年間でいろいろなことがありすぎてビデオを見ながら感慨耽っていた。その後、コース説明があった。18時半には終わり、民宿に戻った。
民宿についたら、ここは以前に泊まった事がある民宿だと気づいた。おかみさんは分かっていたらしく、村岡のダブルフルのときに泊まりましたねと聞いたら、うなずいていた。
先に近くの温泉に行って入り、それから夕飯を食べた。夕飯は豪勢だった。そばやもずくやちゃわんむしの中にまでかにが入っていて、なべと魚や煮物など食べきれないぐらい出された。確かに評判どおりでおいしかった。やはり、スタート地点で4000円で泊まることも出来たが、7000円出してうまいものが食べれる民宿に泊まって正解だった。ただひとつだけ困ったことが、明日はレースでこんなに食べて大丈夫かというぐらい腹が一杯になってしまったことだ。半分、旅行気分できているのでまぁいいかな。食事のときは3人でレースの話や兵庫の方が消防士をされていて、救急車の中の話などおもしろい話が聞けた。
食事の後は部屋は個室で1人ずつ割り当てられており(3人しか泊まっていないので当然だが…)、ぐっすり眠ることが出来た。レース当日は午前3時半に起きて、朝食を食べた。午前5時半のスタートなので民宿を出るのは4時20分ごろだった。今回のレースにはわらじは2足しか用意してこなかったが、1足は前が藁で後が麻縄で作ったハイブリッドわらじで2足目がオール麻縄のわらじだった。練習で履いたときには、足が少し痛いが藁より長持ちする感じで、雨対策として麻を使ってみた。あと、レインウェアとしてパタゴニアのトレラン用のゴアテックスの最新のやつを新調し、備えとして持ってきた。
スタート地点はすでに小雨がぱらついていて、天気予報の予想通り、今日は雨が降るなぁと思われる天気だった。5時半スタート。氷ノ山までは前回よりだいぶ楽になったんじゃないかと思うぐらい平坦だった。10キロぐらいから足が痛くなった。麻縄で編んだ部分が水にぬれて固く足を締めつけ始めたからだった。予想外のことだった。練習では晴れている日しか履いておらず、藁に比べたら2倍ぐらい長持ちしそうだと思っていたから今回、やってみようと思ったが、雨でずぶぬれの麻縄のわらじは藁と同じぐらいの耐久性かそれ以下で履き心地は最悪の代物だった。その時点でやっとわらじを藁で編む重要性と長い年月、愛用され続けた利点を再認識することになった。そして、2足では完走できないことを悟った。山道自体は前回のおんたけスカイレースのガレた道と比べたら雲泥の差なので走りやすいと思ったが、足についている今回のわらじは今までで最悪のものだったので苦痛だった。気がついたら、最終ランナーのあとにつく車が後ろにいた。特に歩いているわけでもないのに自分が最後なのかと驚いた。足が痛かったので何度も履きなおしていたのでそれでいつのまにか最後の方になったのかもしれない。氷ノ山の山頂は風がきつくて、笠がふっとびそうなぐらいだった。
第1エイドでは前回のスカイレースでも会ったおっちゃんに声をかけられた。確か下りで躓いて転んでいたおっちゃんだった。足は大丈夫だったんだ。スカイレースのときは完走したのかと聞かれたので完走しましたよと答えたら、足が強いなぁと褒められた。草鞋作ったら売ってくれとも言われた。大丈夫、そのうちトレイルラン用の長距離対応のわらじを作るから待っていてくださいと心の中で思っていた。
第1エイドを超えて、草鞋を最後の1足に履き替えた。さらに最悪だった。オール麻縄のわらじは水にぬれると足が締まりすぎて、痛くて履くのが困難だったからだ。途中、このままでは完走できないので何か完走する手立てはないのかと周りを見渡したが、わらじの材料に適したものは見つからない。前から作ろうと思っていたすすきで草鞋を編めないかと思い、編んでみたが、かくかくしてしまい。うまく編めなかった。もはや、レースではなかった。最後までたどり着くための方法を考えたが見つからない。半分、脱げそうな履き方でなんとか、半分の距離の地点のエイドにたどりついた。正直、わらじもぼろぼろでリタイアしたかったが、第2エイドまでの13キロはふかふか道だと言う事で、時間もあるので第2エイドまで歩こうと思った。草鞋はすぐに脱いで足袋で歩いた。足袋といっても薄い綿でできているので、地下足袋と違い、すぐに穴があき、ガレた道はほとんど歩けない。靴下で山を歩くようなものだった。たまたま扇ノ山のふかふかの登山道だったから歩いただけで普通の山道は足裏が痛くて歩けない。ベアフッドが健康にいいというようなことは言われるが、道は選ばないといけないと思う。痛いものは痛いです。歩きだしてから足首が急激に冷えてきたが、体はなんともなかった。このレースでの唯一の収穫はパタゴニアのゴアテックスで体を雨と冷えから防ぐことができたことだ。わらじを履いていてこんなことを言うのも変だが、現代のテクノロジーは大変素晴らしい。
扇ノ山の下りのところで現地のスタッフの方が並走してくれた。自分は現在、順位はべべ2らしい。その方と話をしながら歩いた。わらじは消耗しやすいということを話したら、それならパラグライダのラインを使ってみたらいいとのこと。全然磨耗しないとのこと。パラグライダのラインが何なのか分からなかったが、言葉だけを頭にたたきこんだ。(後で調べたらパラシュートと体をつなぐ長いロープのことらしい。)他にすすきでわらじを編もうとしたがダメだった話をしたら、すすき科の仲間で蓑に使うものがあるとのこと。(後で調べたらおそらくヨシではないかと思う。)やわらかくて作りやすいとのことだった。思わぬところでいいことを聞いた。第2エイド手前2キロほどでアスファルトになり、そこでその方とは別れた。
第2エイドについたのは15時30分前だった。余裕で関門に引っかかった。バスで2時間かけてゴールに着いた。結局のところ、たとえ草鞋をあと何足か持ってきていてもこれだけぬかるんでいたら、完走はできなかっただろうと思う。今、考えられることをすべてやってもうまくいかないのであれば、わらじをパワーアップさせる以外に方法がない。今のわらじではトレランのレースに出ても完走できないし、出る意味がないことを改めて感じた。きっちり走れるわらじを作るまではトレランのレースに出ないと決めた。

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