盆休みに大峰奥駈に再挑戦してきた。初日に吉野駅に9時に着き、9時20分のロープウェイで上に上がり、そこから、バスで奥千本口まで行った。ほんとは駅から徒歩で上がるべきなのだが、今日の日没までに行者還避難小屋までたどり着きたいと思っていたので、金峰神社からスタートすることにした。時間はちょうど午前10時だった。テント等と食料、水4.5ℓを持っていたので、15キロほどあるんじゃないかというぐらい、バックパックが重かった。今回はレースではなくて、下見の意味もあったので、走れる区間は走って、それ以外は歩こうと考えていた。日程は3日で熊野までたどり着ければいいと考えていた。体調が悪ければ、4日かかっていいと思っていた。普段、そこまで重たいバッグを担いで、歩いたりしていなかったので、すぐに肩が痛くなった。
やっぱり大天井ヶ岳の登りはきつかった。何度登ってもきつい。山上ヶ岳に着いたのが、15時10分頃だった。前回の奥駈レースの時とあまり変わらなかった。ちょうど5時間ぐらいかかった。その後、小笹宿で水を補給し、大普賢岳の登りのガレガレの道はやっぱり辛かった。大普賢岳には17時10分ごろ到着。日没までに時間がないので、行者還避難小屋に19時10分に到着。すでに暗くなっていた。あぶないあぶない。きれいな小屋で毛布があったので、それで、眠った。あまり、登山の経験がなかったので、行動食と食事の区別がなく、行動食と同じようなものを夕食に食べていた。カロリーメイトや羊羹などを食べてもあまり、食事をとった気がしないので、何かしっかりしたものを食べたい。行動食は1時間に1回程、休憩を入れていたので、羊羹やカロリーメイトやチョコレートなど、多少腹にたまるものがほしいと思った。カロリーメイト7箱と羊羹6個しかなかったので、ちょっと少ないと思う。
行者還避難小屋を5時半に出発。ここから、弥山の登りまでは笹が生えているトレイルでとても走りやすかった。弥山に着いたのは、7時40分ほどで、2時間ほどかかったことになる。弥山で少し休憩して、8時に出発した。八経ヶ岳には8時15分ごろに到着。ここから、ガレガレの走りにくい道を進んで、水場のある楊子ヶ宿小屋には、10時ごろに到着した。ほとんど歩くようなペースだった。水場に行ったら、先客がいて、2ℓのペットボトルに水を入れていた。私は、1ℓほど残っていたので、3ℓを入れることにした。水がちょろちょろとしか出ないので、先客で10分ほど待って、それから、自分のペットボトルを満タンにするのに15分ほど要した。その間、羊羹やカロリーメイトを食べて、エネルギーを補給していた。結局、10時45分頃に出発した。仏生ヶ岳を超えるととても走りやすいトレイルだったが、水が4ℓになったので、重くて、肩が痛かった。次の水場がだいぶ先にあるし、この日はとても暑く、念のため水は必要だよなと思い、仕方なく担いでいた。そのせいで、30分に1度ぐらい、休憩をしないと肩が痛くて前に進めなかった。もっと普段から登山用にボッカのトレーニングをしないといけないと痛感した。
釈迦ヶ岳の登りは、以前は夜に登ったのであまり意識していなかったが、日中に登ってもまぁまぁきつかった。急ではあるがあまり長い登りではないので、歩いて登る分には問題なかった。釈迦ヶ岳には12時45分に到着。釈迦ヶ岳では、77歳や80歳の後期高齢者のグループがいた。少し話をして、裏六甲にも4日前に行ったよと言っていた。パンやチョコレートを頂き、そのグループは十津川の方に下りていった。あんたは私の子どもより若いよと言われたが、そりゃそうだろう。いや〜しかし達者な方がいるもんだ。驚いた。釈迦ヶ岳は、13時に出発。深仙小屋までの下りが恐ろしく、ガレガレで下りるのがきつかった。南奥駈の始まりの太古ノ辻に到着したのは、14時だった。その後、天狗岳、地蔵岳、涅槃岳と登ったり、下りたりしたが、やはり水が重すぎて、ペースが遅くなった。休憩は30分に一度はとったが、南奥駈のルートに入って、とても走りやすいトレイルになった。 持経ノ宿に到着したのは18時だった。太古ノ辻から4時間もかかった。ほんとなら3時間以内で行けるようなところだったので、荷物の重さと疲労の蓄積でなかなか前に進めなかった。 持経ノ宿は改築したばかりのとても新しい小屋、小屋の前には水のポリタンクが設置されているので、水場に行かなくても水がもらえた。水場も400mほど林道を下ったところにあり、頭から水浴びが出来るほど、豊富な水が出ていた。ここの水場はいいと思った。とにかく、頭から水を浴びて、1ℓほど残っていたので、3ℓを追加した。小屋には、毛布も常備されていていた。夕食に先ほど頂いたパンとウィダーインゼリーでビタミンを補給して、かなり疲れていたので、すぐに寝ようとした。22時頃、雨の音が激しくて驚いた。明日もかなり降るのかなぁと考えながら、ウトウトとしているうちに5時半になっていた。起きて、朝食を食べて、6時に出発した。
平治ノ宿、行仙宿山小屋までの道はアップダウンがあったが、走りやすいトレイルだった。しかし、荷物が重くて、なかなか進めなかった。笠捨山には、10時ごろ着いた。あと、10キロちょっとで玉置神社だったので、14時には着くかなと思った。玉置神社で水が汲めないかもしれないので、途中の古屋宿跡のところで水場に下りた。水場まで15分と書かれていたが、本当に走って15分かかった。水場は公園が管理しているだけあって、頭から浴びれるほど、豊富にあった。頭に水を浴びて、2ℓ水を入れた。帰りも登りを20分かけて登った。さすがに疲れたので休憩したので、ここで1時間程、時間をロスしてしまった。よっぽど水がない時以外は、ここの水場は行くのをやめた方がいい。水を補給したことで、また肩に重くのしかかり、ペースが遅くなった。30分に一度は休憩しないと肩が痛くて動けなかった。のらりくらりと玉置神社に着いた頃には16時40分頃になっていた。 中を一通り見て、17時には出発した。日没までに大森山は越えられるかなと思っていたら、1時間半で18時半には大森山に到着した。辺りは暗くなってきたが、ライトをつけて、20時までにはどこまで行けるか試したら、五大尊岳に20時に着いた。途中、食料が底をついてしまって、心臓が痛くて、休み休み進んだので、余計に時間がかかってしまった。
下りの傾斜が大きいので、暗くて分かりずらいこともあり、走ったり、歩いたりを繰り返し、23時半ごろには、七越峠の手前の林道のところに出たところで、現在地点がわからなくなった。水もあと500mlしかなく、ライトもあとどのくらいもつのかわからないので、暗い中を探すのをやめて、林道で野宿することにした。テントはあったが、面倒なので、マットだけ引いて、夜空の星を見ながら、ウトウトしていた。少し、冷えてきたので、上のシャツを新しいシャツに着替えて、ウインドブレーカーと長ズボンを履いて、寝ていた。5時前ぐらいには、明るくなってきたので、方位磁石と地図を見比べながら、少し、道を戻って、展望台のところに行き、そこから、下りて、林道を直進すると大きな広場に出て、なんと七越峠があった。暗かったので、昨日は全くわからなかったが、こんなとこにあったのかと思った。もう熊野大社までは残り3キロほどだった。食料はなく、水だけだったので、後はゴールまで歩いた。6時過ぎに熊野大社に到着した。さすがに4日目に突入したので、あまり達成感はなかった。
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